2009年07月01日
てえへんだてえへんだ
ひとつ、すすめてみた。
posted by noritama at : 23:48 | コメント (0) | トラックバック (0)
2009年06月30日
無神論者こそが世界に責任を感じる?が面白い
アイン・ランドの研究、翻訳をしている藤森かよこさんの日記。ひさびさ更新してるので交信。
またバリバリ日記書いてほしいもんです。
最近は無頼派系統の人が好き。サイバラりえこ、藤森かよこ。叶恭子。
多分どうしようもないことを見たことがある聡明さ。
きらいなことは、キレイゴト。と答えそうな、やさしく強い人々。
前にもここで引用してます。
いいことっていうかですね、インスパイアされるんです。
なんとなーくぼーっと感じてたことがスッキリする。そんな文章とか会話をして私たちはどんどん進化する。
さて神=システムだとしたら、欧米は神作りの上得意なんだよね。
この人が書くところどころ、本当にどきっとします。
以下引用。元記事読んでね。これはメモキャプチャですから途中から。
★それにしても、「神を信じていないから、建築家になりたい」とは、なんという大胆不敵な、かつ責任感のある言葉でしょうか。よくぞ、こんな言葉を、22歳の主人公にアイン・ランドは語らせたと、私は感心します。
★神を信じているのならば、地上の事物は、起きていることは、全部黙って引き受ければいいのです。すべてが神のみ業(わざ)なんだから。人間が小賢しく努力して世界を変えなくてもいいのです。人類の進化も、社会の進歩も、神様におまかせしておけばいいのです。みんな神様がうまくやってくださるのだから、心配することはないのです。生まれたら、ただただ生きていればいいです。死は神様がテキトーに決めるので、長生きしようと節制に勤めるなど冒涜的行為です。ブスでいいのです。美容整形もヒアルロン酸注入も冒涜的です。人為的努力はみな冒涜的だ!でしょ?
★なのに、キリスト教会はアジアやアフリカや南米大陸にガンガン宣教師を送って、キリスト教伝播に勤めました。地球は神様が創造して、地球が神の支配下にあるのならば、神の教えなど伝播しなくても、広まるんじゃ。なんでわざわざ布教する必要があるのか?原住民をたぶらかしてまで。宣教師のあとに、商人がやってきて、次に軍隊が来るというのが植民地化の定番ですが、宣教師ってのが、逆説的に、一番無神論者なんじゃないの~~?
★ましてや、従軍牧師なんて、わけがわかりません。神の使徒が地上の権力の手先になっています。キリスト教というのは、まことにわけのわからん宗教組織です。仏教だって、実際の宗教組織はいい加減なものですが、キリスト教ほどには、臆面もなく偽善やっていません。
★と、カトリックの大学に入学した私は、キリスト教について考えざるをえなくなって、そんなことを考えていました。ただし、「ほんとに、いい加減なもんだなあ・・・まあ、そんなもんか。信じてもないのに、信じるふりして人間は生きていくのかなあ」と思っただけでしたが、アイン・ランドは違います。いい加減なことで誤魔化しません。
★「神はいない」という内容のことを、ランドは、ロークの口を借りて、はっきり言います。神がいない、神を信じていない人間は、どうするのか?神がいるのならば、人間がドタバタする必要はないです。何もしなくていいです。人間には何の責任もありません。現象的には、いかほどに不条理なことが起きていようと、本質的には(=神の視点からは)正しいことなのだから、嘆くことも怒ることもありません。
★いや~~ラクチンですね~~「すべては神様にゆだねましょう~~」と言ってすましていればいいのですから。超無責任で無関心でOKです。能天気でOKです。
★うわあ・・・私が人生で出会ったキリスト教系聖職者や(日本人の)クリスチャンの顔を、ここで思い出します。無責任で無関心で、体裁ばかりで、人使いの荒い、冷酷な人々が多かったです。まさに、「献身なき信仰」のサンプルばかりでした。
★この「献身なき信仰」というのは、マハトマ・ガンジーのぱくりです。ガンジー師のお墓には、碑文として、社会的罪として、「理念がない政治、労働なき富、良心のない快楽、人格のない学識、道徳がない商業、人間性がない科学、献身のない信仰」が掲げられているそうです。いや、この碑文はすごい。すごすぎる。
★それはさておき、神様がいないのならば、何やってもいいぞ~~ペナルティないぞ~~誰も見ていないなら、何やっても大丈夫だぞ~~人間がしてはいけないことなんて、ないんだ~~♪と横着非道狼藉を働く(かもしれない)のが凡人です。しかし、天才のハワード・ロークは違います。
★ロークは、このように考えたのです。「神がいないのならば、この地上に責任があるのは人間だ。待っていても、地上は良くならない。僕は、この地上がすっごく好きだ。この地上に生きていることがすっごく好きだ。でも、現在の地上の事物の形は嫌いだ。自分が好きな事物ばかりになるといいのになあ。でも待っていても変わらないから、自分で変えるしかないな。誰かに頼んで変えてもらっても、他人が変えるのだから、自分の好きな形ではないだろう。ならば、やっぱり自分で変えるしかない。事物の形を変えることができるのは建築家だな。ならば建築家になろう」と。
★なんと、首尾一貫した論理的な、利己的な、地上に対する愛と責任にあふれた思考でしょうか。
★そりゃ、神がいるということにしておいたほうが、便利です。人間にとって都合がいいです。責任がないから。何をしても、何が起きても、「永遠の相のもとに」とかナントカ言っていればいいのだから。で、テキトーに自分のしたいことだけやっていればいいのだから。その結果がどうあろうと、神様がナントカするでしょう~~何かとんでもないことをしても、「間が悪かったのね~~」と言っていればいいのですから。「運が悪かったのね~~」と言っていればいいのですから。
★しかし、はっきりと神は存在しないと認めれば、いい加減な生き方ができなくなります。人間の歴史において起きたこと、個人の人間の人生に起きること、この社会に起きることは、すべて人間に責任があるのですから、人間に課せられる荷物が大きくなります。このことを直視して、この荷物を担うことができるほど、今の水準の人類は、自分たちに確信が持てません。人類の英知だけで、この地上を良くできると、信じることができません。
★アイン・ランドはすごい。「神なき世界における責任主体としての自分を信じることができるし、その確信が揺るがない」22歳の青年を造形したのだから。
★「僕は神を信じたことがないので、建築家になりたいと思いました」というロークの言葉の中には、近代が、人間賛歌が、啓蒙精神が凝縮しています。この言葉を思い出すと、私は元気が出てきます。ケロリとシレッと、かくも高らかに人間を肯定する精神。あの世ではなく、永遠ではなく、この地上を、今現在を、自分自身のために生きることを肯定する精神。この無頼なる精神。
語られている本。(この人が訳した名作)
| 水源―The Fountainhead | |
![]() | 藤森 かよこ ビジネス社 2004-07-08 売り上げランキング : 137911 おすすめ平均 ![]() 分厚いか?いや、コンパクトだ! 世の中の主人公は、私だ!!! 人生を変える数少ない名著Amazonで詳しく見る by G-Tools |
posted by noritama at : 01:14 | コメント (0) | トラックバック (0)


分厚いか?いや、コンパクトだ!