2006年05月20日
スピリチュアルとマクロビとヨガとかの雑記
今日のは考えを整理するためのメモ。かなり私感。
カタカナになると広がる
日本人って昔からそもそも目に見えるものだけじゃないことに
敏感な民族だと思う。
多分日本人とか国籍とか関係なく昔は皆そうだったかもだけど。
モノにはすべて命があるとか、言霊のこととか、手当てとか。
小さい頃から普通に「そういうこと」が自然存在している民族だと思う。
歴史的にいつからかわからないけれど、そういうものが
丸ごと人の気持ちから、なくなっちゃった頃があったのだろう。
貨幣経済になった頃からかも。お金って欲の具現だし。
それが今になって、スピリチュアルとか、ヨガとか、
マクロビオティックとか、英語になったり、外国から来たりすることで、
胡散臭がられてたようなものも軒並み広がったりする。
外国のスパイスを入れると広がる、ということ自体を
悪いこととは思わなくて、この最近の日本の人の受け入れ方に
すごい興味がありんす。
誰かのブログにも書いてあった気がするけど失念。
何かを広めるときに、「どうしたら生産的に実現できるか」と、
徹底的に考えられるといいなと思ってるので。
スピリチュアル&ロハス系の人をみるとき
江原さんの言ってることは、人間としてまっとうだと思える。
基本的にすごく普遍的なことを言ってると思うので、理解できる。
哲学や宇宙感やいろんな宗教と重なるところもあるだろう。
クシ氏のマクロビオティックは日本の古来からある食事そのもの
のようであるので、これも腑に落ちるし理解できる。
こういったスピリチュアル&ロハス系の人をみて、
その人の言ってることを参考にするかどうかに指標がある。
それは。
・特定の宗教に入っていて、それを推奨すること
・脅したり怖がらせたりする
この2点がないこと。この2点があると、アウト。
この2点がないので、江原さんは参考にしたい人に入ってる。
クシ氏は著作は好きだけれども、情報だけ参考にしたいと思う。
関連企業に、ある団体があるから。
教室系で思うこと
それから教室系のモノに通おうか考えるときふと思うこと。
考え方は参考にしたいけれど、それと「師と仰ぐ」がセットに
なってるのが苦手。
その人が良く生きることがベストな方向だったら、師と仰ぐ
のはセットじゃなくていい場合もあるのでは。特に生活系。
生活では自分や自分の家族との暮らしが一番大事なんだから
その人がその人らしく羽ばたけるのが重要だ。
師と仰ぐことで伝授していくものももちろんあると思うけど、
普通に生活に取り入れることで「師と仰ぐ」のは、違和感がある。
だからイマイチ、教室に通うのに踏み切れなかったり、
「先生~」と依存する世界がなんか居心地が悪い。
教える方の、共存共栄の人か、師と仰がれたいかを見るだけで
その「教え」のロジックがどういうものの上に成り立ってるのかわかる。
でもこれは、「先生」というものに対して依存しがちな
受けての問題でもありんす。
ここまで書いてわかったこと
ここまで書いてきて、自分が何を言いたいのかわかりました。
体によさそうなことをせっかくやりたいと思っても、
依存心だけを持ってそういうものに近づいていくのは、
あぶない、という漠然とした不安があるんだね。
すぐ参加したり教室に入り、お金を払って師を仰ぎ、
気付いたらある宗教団体の一員になっていた、とか
気付いたら自分よりある企業に対しての方がお金を
献上しているってことには、気をつけてほしい。
今はネットで関連企業まで調べれば、大概のことが
わかります。
マクロビをやってもスピリチュアルな本を読んで感動しても
ヨガをやっても、大事なのは自分で考えてそのエッセンスの
何を取り入れるか、何を選んで選ばないか。
自分で考えて選ばないと何にも意味がない。
ロハスな雰囲気だけのココロない商品や、適当な
商品や、適当なカリスマが蔓延するだろうけど、
何を選んだり信じるかは個々人が自由にできる。
自然食品の店でも、アリサンとかは、マクロビだろうが
○○法だろうが、特定の考え方に固執してなくて、
いいなと思うものを売ってます、そんなお店がちゃんとある。
まとめ
いろんなこと考えて、「選び抜く」といいね。
批判は疲れるけど「選択」は疲れないし、負のエネルギーが
入らないので。
体にいいことをしようと思っていろいろしていたら、
注意深くきちんと知らべれば必ず、わかります。
もちろん、そんなことも気にしなくてもいいかもしれない。
でも私は気にしたい。ということでメモでした。
投稿者 noritama : 2006年05月20日 14:24
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