2006年08月30日
許さないフタ
私は、普段は基本、情深いのですが、
不利益の度合いがある一定を超えると、
「怒」に瞬間的に変わります。
が、本日久々にありまして。
春から連絡を取り合っているところの人。
予想通りの訳のわからない迷惑ミサイルが。
ただ、そこの人は前から、
どうしようもない、人様に迷惑かける人で
自覚もありながら悪いこと平気でやるという
本気でダメなタイプで、用心はしていた。
もし本当に根性が悪かったら
最悪こういうこと言ってくるだろうな
という通りのことをしてきたので
準備もしてあったし落ち着いて対処した。
人は本当に怒ると騒がないもので。
すぱっと対処した。
かといって怒っていないわけではなく、
一点の曇りもなく私の怒りは天を貫いていて、
いすに座っている姿勢が少しも動かないほど
そのくらい私の怒りは深かった。
「一歩も引くな」という声が聴こえるくらい
確信があった。確信に基づいて対処したので
そこで相手も引いていったのだが、
いろんな修羅場を経験しているため、
必要な手はずが踏めるようになっていて
良かったと思った。
怒りのときのエネルギーが私は本当に強い。
本当に不利益を被りそうになったときに
相手側に倍にして返すとか、
最後の最後まで自分が勝つまでゾンビのように
辛抱強くなれたりとか。
絶対に負けない自身があるし、
たとえナイフで刺しあったとしても絶対
相手より先に死なない自信がある。
というか死んでからでも倍返しする自信がある。
自分でもこわいけどそんな感覚はある。
どこからのものかはわかんない。
で、不利益をもたらす人って
近くにはいないが、たまに誰かに紹介されて
やってきたりする。
それがわかった時点で、しっかり今後
関わらないようにできるかどうかは、
自分のみならず家族のためにも
非常に重要なことだ。
なんとか不利益を回避できたところで
普通の人は安心してホっとするのだろうが、
私は親の失敗とかで自分自身の修羅場が
非常に多く、カタギなのが不思議なくらい
リアルにいろいろ困ったことがあるので、
一生その出来事や対象の人や物と縁を切れるように
ちゃんと自分の内面でケリをつける儀式がある。
それは、現実には何も行わないし
内面ですることだけだけど。
迷惑の原因になった相手に対して、
「許さない」という、確固たる消せないラベルを貼って
なにか入れ物にいれ、ぴっちりフタをするような意識を持つ。
普段意識することはないけど、その自称に対して
記憶DBの中で、許せないことフラグをたてるのだ。
そうすると、別にいちいち恨まなくても
同じ人に二度と迷惑を被ることはない。
結構同じ人に何度も不利益を被る人いると思うけれど
そればっかりは本人の努力不足だと思う。
なので、最後丸く収まったからといって、
「ああ、良かった。最後わかってもらえた。」
なんて思うことは、私にはない。
どんなに謝ってこようと、人に不利益を
垂れ流している時点で、信じるに値しない。
性善説も悪くないが、本当にどうしようもない
普通の顔した悪い奴は、いる。
私は許さないし和解しない。
許して和解するのは、人間として
理解し合える相手のみだけだ。
大上段にたって人間をいい人悪い人に
分けるつもりも裁くつもりもない。
私は個人的に、自分の人生や自分の
家族に不利益をあえてもたらしてくる
ものとは、決定的に決別するだけだ。
人って本当に怒ったときはすごく冷静になれる。
騒いでるようなことのうちは、まだまだ
たいしたことないのだ。
人をすべて許すようになるなんて、
死ぬ間際で十分だ。
自分がしたいこと、そのために他人に
して欲しいこと、してくれた場合に
何を返せるのかが明確じゃない人間とは
話をしても無駄だ。
投稿者 noritama : 2006年08月30日 20:58
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