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2007年04月01日

あの金で何が買えたか 村上龍

本棚整理中。
いまさらですが、バブルのにおいが少しずつしてくる今
思い出しておくべき本かと。

冒頭で著者と対談しているのが、植草元教授なのも
時代を感じます。

本当にこれまで、日本はくだらない巨悪のために
どれだけ公的資金を導入してきたのかがわかる。

文庫改訂版 あの金で何が買えたか―史上最大のむだづかい’91~’01

冒頭の文章がすばらしい。

*
知るということ - 村上龍

「日本的」システムに限らず、あらゆるシステムは完全ではない。
ある有力な個人や組織を潰してしまえばシステムそのものが潰れてしまうという
アンフェアな理由で巨悪が生き延びてしまう場合も多い。巨悪とは、
政治家や銀行家や経営者や官僚個人の場合もあるし、
システムの部分や全体を意味する場合もある。
共通しているのは既得権益を持ち、旧来のシステムに庇護されているという点だ。

だが、ヒステリックに駄々をこねているだけ、という印象しかないこの国のメディアは、
結果的にカタルシスだけを提供し、巨悪に対する冷静で社会学的な追求を
逆に阻害している。

もし巨悪が存在するとして、彼らがもっとも困ることは何だろうか?
知識人が新聞に批判記事を書くよりも、数万の大衆が国会前でデモをするよりも、
大衆が真実を「知ること」のほうが彼らにとってはやっかいだと思う。
具体的に、時として、何かを「知る」と、わたしたちはそのことについて
考え始める。

***

わたしたちは、ちゃんと利口になっているのでしょうか。
そしてインターネットは開放系の貴重な場所だなあ。やっぱり。

投稿者 noritama : 2007年04月01日 13:18

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